最高裁判所大法廷 昭和36年(オ)1027号 判決
判 決
長野市大字下駒沢三三〇番地
上告人
小野清治郎
右訴訟代理人弁護士
鈴木敏夫
鈴木雄次郎
同市鶴賀七瀬町三九八番地
被上告人
増尾男
(ほか二名)
右三名訴訟代理人弁護士
鈴木義男
河野太郎
右当事者間の当選無効事件について、東京高等裁判所が昭和三六年六月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人鈴木敏夫の上告理由第一点について。
公職選挙法二五一条の二、同二一一条が、選挙運動を総括主宰した者又は出納責任者が買収、利害誘導等の罪を犯し刑に処せられたときは当該当選人の当選を無効とし、選挙人らより当選無効の訴訟を提起することができることとしたのは、選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保せんとするものである。
そして選挙運動を総括主宰した者又は出納責任者の如き選挙運動において重要な地位を占めた者が買収、利害誘導等の犯罪により刑に処せられた場合は、当該当選人の得票中には、かかる犯罪行為によつて得られたものも相当数あることが推測され、当該当選人の当選は選挙人の真意の正当な表現の結果と断定できないのみならず、上述のように選挙人の自由な意思に基づく選挙の公明、適正を期する上からも、かかる当選人の当選を無効とすることは所論憲法の各条項に違反するものということはできない。よつて所論は採るを得ない。
同第二点について。
公職選挙法二一一条は当選無効の訴訟の出訴期間を刑事裁判確定の日から三〇日以内としているが、これは当該当選人の当選が一般に少くとも選挙運動の総括主宰者又は出納責任者の選挙犯罪の裁判確定の日以前に決定し、その効力を生じていることを予想して規定したものであつて、本件の如く刑事裁判確定の日よりはるかに後になつて当選人が定められ、既にその時は右出訴期間が経過しているような場合には原判決の如く当選告示の日から三〇日以内に出訴できるものと解するのが相当である。けだし右二一一条の当選無効訴訟の趣旨が前示の如く当該当選人の当選は公正なものと認められないとして、これを失わせる趣旨に出でたものであるから、たまたま刑事裁判確定の日から三〇日を経過した後に当選人の当選が決定した場合には最早出訴を許さないとすることは甚しく不当であるからである。また論旨はかかる場合は民訴一五九条の準用により訴訟行為の追完を為すべきであると主張するが、本件の場合は刑事裁判確定しても未だ当選人の当選は決定されておらず、当選無効の訴訟の提起ができない場合であり、従つて出訴期間の進行は開始しないのであるから、不変期間が進行し期間が満了した場合の規定である民訴一五九条の準用の余地はないのである。よつて所論は採るを得ない。
同第三点について。
論旨は、原判決の総括主宰者に関する認定を非難するに過ぎないから、上告適法の理由とならない。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 横 田 喜三郎
裁判官 斎 藤 悠 輔
裁判官 藤 田 八 郎
裁判官 河 村 又 介
裁判官 入 江 俊 郎
裁判官 池 田 克
裁判官 垂 水 克 己
裁判官 河 村 大 助
裁判官 奥 野 健 一
裁判官 高 木 常 七
裁判官 石 坂 修 一
裁判官 山 田 作之助
裁判官 五鬼上 堅 磐
上 告 趣 意
○昭和三六年(オ)第一〇二七号
上告人小野清治郎
被上告人松田和広外二名
上告代理人鈴木敏夫の上告理由
第一点 公職選挙法第二五一条の二同第二一一条は憲法第四十三条第九十三条第二項に違反し無効の規定である。
右憲法の条項によれば議会地方議会の議員は国民の直接選挙により多数を以て選任されることになつて居り其の結果を変更或は当選を失わしめ時には小数を以て選挙された者を当選とすることは其の結果が明に住民の意思に反する場合でなければ許されないと思う、公職選挙法の右の規定は選挙の結果を総括主宰者の選挙犯罪により変更せんとするものであるが例へば次点者と数万票の差を以て当選した議員も総括主宰者の百円の買収犯罪により当選無効となるものである、そして次点が当選する場合はその派に総括主宰者以外の数百万円の違反者もあり得る、而も尚選挙の結果を変更することは選挙民の意思を無視するものである、斯かる選挙の結果を全く無視し去る規定は憲法違反と謂わざる得ない、成程公明選挙を掲ぐるは結構であるが其の目的の為に選挙の結果を無視する様な手段を取ることは出来ないものと信ずる、殊に右規定が公明選挙の推進に殆ど役立たないことは事実の証明する処である、公明選挙の推進は他にいくらも手段あるべく他人の犯罪により候補者の人権を傷け選挙の結果を無視するが如き規定によるべきではない。
第二点 原判決は公職選挙法第二一一条の第一項の三十日の出訴期間は当選の決定が総括主宰者の有罪決定より遅いときは当選の日から三十日とすると解釈しておられる、そうすると総括主宰者の有罪が確定して後三十日内に当選が決定した場合はどうなるのであらうか、やはり当選の日から三十日内に出訴出来ると解釈される事になるのか疑問なきを得ない、若し原判決の如き解釈を取るならば民事訴訟法第一五九条を準用して当選の日から一週間とすべく総括主宰者の有罪確定の日から三十日以内に当選ありたるときはやはり有罪確定の日から三十日を起算すべく場合により民事訴訟法第一五九条を準用すべきものと解すべきである。
本来本件の如き場合も原判決の挙示さるゝ更正決定操上当選の場合も総括主宰者の有罪確定後三十日後に当選が決定した場合は出訴期間を過ぎたものとして当選を争わしめないのは必ずしも不当ではない、本来総括主宰者の犯罪により当選を失わしめることは他人の行為により選挙の結果を左右することであり、自己責任の原則に反し民主制度に反するから法の規定せざる場合に迄規定の解釈を拡張する必要はない、公選法は争や当選落選等を出来る丈早く決着せしめる精神に貫かれている、繰上当選も三ケ月内のみ認めるのは原判決の論法よりすれば明に不合理である筈であるが公選法の早期決着の精神からすれば当然のことである、之と同様第二一一条の出訴期間も常に総括主宰者の有罪確定の日から三十日と解することは公選法に於ては当然のことである、強いて出訴を認めるなら総括主宰者の有罪確定の日から三十日内に次点無効の訴を提起し得るものと解釈する方が余程公選法の精神に合する。
右の如く原判決は法令の解釈を誤つたものである。
第三点 原判決は寺島淳を上告人の総括主宰者と認定している、然しながら法が事務長の外に総括主宰者なる制度を設けた理由は事務長でない人が事実上選挙運動を総括主宰した場合にその者の選挙犯罪を事務長でないことに藉口して軽く取扱うことを防がんとするにある、しかもなお選挙界の実状を観るに事務長と総括主宰者とが異ることは多々存するのである、斯る場合事務長も事務所開きに挨拶したり或は選挙期間中に来賓に挨拶したり事務長名義で色々依頼挨拶等することがあり形式的観点よりすれば斯かる事務長も選挙運動の中心と観ることが出来るのである、然しながら斯る場合の事務長は総括主宰者ではないのであり総括主宰者とは事務所開きに挨拶しなくとも或は自己名義の文書を一つも使わずとも事実主となつて選挙運動を全般に亘つて設営し策戦し運動員を指揮するものであらねばならない。
原判決は寺島が身体が弱かつた為直接選挙運動の全般に亘つて対策に従事しなかつたことを認定された、之を原判決挙示の証拠に照し考えるときは選挙期間中長期に亘り選挙事務所を明け他の市会議員候補者の事務長もやり従つて選挙運動の全般に亘り設営策戦せず運動員を常時指揮督励しなかつた事実を認めたものと謂うの外はない、然らば原判決は前示の如き事務長の名義を持つ形式的な選挙運動の中心者たる寺島淳を総括主宰者と認定したこと明であり原判決は総括主宰者に関する法令の適用を誤つたか又は理由不備或は理由齟齬の違法あるものである。